わが国バイオ産業の創造と国際競争力強化に向けて
(緊急提言)

1999年6月8日
日本バイオ産業人会議

1.はじめに

(1) 20世紀までが物理と化学を基礎とした時代であったとすれば、21世紀は「生物学の世紀」になると言われている。
 バイオテクノロジーは広範な「産業全体の基盤技術」であり、この産業利用の推進は「国全体の産業競争力強化」、「資源循環・環境調和型産業構造への転換」、「先端的健康・福祉型社会システムの実現」を可能とし、「新規産業・新規雇用の創出」に結びつくものである。この意味から、バイオテクノロジーの産業化・実用化は「国家的視点」で「重点的、加速的」に推進することが必要である。

(2) このような「生物産業革命」ともいうべき大きな動きは、既に、「世界的規模」で「急速に進展」している。例えば、欧米諸国は、ゲノム解析とその産業応用に急速に重点をシフトしている。その理由は、これらの研究が、ゲノム情報に基づいた診断・予防や創薬、医療、アレルギーフリー食品、冷害などの環境ストレス耐性農作物、動植物の品種改良、環境改善技術、資源循環型化学品生産技術、新しい情報・電子・機械技術などの「実用化を一挙に加速」する可能性があるからである。

(3) しかしながら、日本のバイオテクノロジー、バイオ産業を巡る環境を見ると、「生物資源・情報基盤の整備」、「産業化を意識した独創的研究」、「バイオベンチャーの育成」、「大学から産業への技術移転」、「国民の受容性の確保対策」など、何れにおいても欧米に大きく遅れを取っている。
  このままでは、21世紀における、日本のバイオ産業の創造・発展に大きな不安がある。これは、ひとりバイオ産業界の問題にとどまらず、日本の産業全体の競争力の低下、産業構造・社会システムの質的低下、雇用の低下につながり、国民全体にとってゆゆしい問題である。

(4) 重要なことは、バイオテクノロジーは、今、「技術」から「産業」に大きく「転換する過渡期」にあり、しかも、既に「時間勝負」の熾烈な国際競争が始まっているということの強い「認識」である。このような時代の変革期には、従来と全く違ったアプローチが必要である。
即ち、このような国家緊急時にこそ首相のリーダーシップの下に産官学が連携し、「国家的」、「総合的」、「戦略的」な対応を迅速に推進することが必要である。

(5) 以上の危機意識の下に、発酵・醸造業から医薬品産業・化学産業・新農林水産業、食品産業、環境産業、電子・機械産業、バイオ情報サービス産業まで広範多岐にわたるバイオ産業界のリーダーが一致団結して、緊急に講ずべき課題を以下の通り提言する。

2..提言

(1)「バイオ産業振興国家総合戦略」の策定と実施

今、わが国に最も必要な事は、関係省庁のパイオ関連施策を統合した「バイオ産業振興国家総合戦略」の策定と実施である。去る1月29日に・パイオ関係5省庁大臣によって、バイオ産業創造の基本方針に関する基本合意がなされた事は大きな前進であり、今後、この協力関係が一層強化され、国家総合戦略の策定と実施の中心的役割を果たしていく事が望まれる。

国家総合戦略の中で特に重要なことは、研究成果・技術を「産業化」する視点であり、そのためには、戦略の策定から実施までの全ての段階において産業界の意見が反映されるメカニズムが必要である・また・国家総合戦略の内容は、産官学の役割分担を明確にし、世界的にも高いレベルにある情報・電子技術、ロボット技術、材料技術なとの力を結集して、産業化を意識した研究の推進、研究基盤の整備、から事業化推進のための環境整備までを含めた総合的なものであるべきである。また、単に欧米の後追いでは無く、わが国の特徴を生かした対応とし、緊急性、重要性による優先度の高い領域に重点的に資源を投入することが必要である。

(2)産業化、国際競争を意識した国家研究プロジェクト推進と民間研究支援

国家研究プロジェクトが基礎的研究を実施することは当然であるが、同時に、社会の要請に応え、産業化推進のための基盤技術を生み出す等、その成果が国民に還元されることが必要である。特に、ゲノム関連研究は、国際競争と産業応用を強く意識した研究開発に力を注ぐべきである。
この分野の遅れは、将来、国民医療費の増大、資源循環型生産プロセス技術、環境改善技術の導入の困難化をもたらし、広範な産業の競争力の低下、雇用の低下など大きな国家的代償を余儀なくされるであろう。
また、バイオ関連民間研究支援の出来る、思い切った大規模競争的研究グラント制度や中小企業の研究開発支援制度は、民間企業のインセンティブを高め、先端研究の推進とその事業化・実用化に大きな貢献を果たし得るものであり、わが国でもこの様な制度の創設、充実が必要である。

(3)バイオテクノロジーの産業化推進に向けた基盤整備

日本にバイオ産業が発展するための基盤を整備し、国内にバイオ産業を振興することにより、日本の産業競争力強化と国民生活の向上を図ると共に、世界に貢献していくことが重要である。この意味から、国家的視点で産業化・実用化を加速的に推進するための環境の整備が必要である。
具体的には、以下の5点が急務である。

(3-1) バイオベンチャーの育成

バイオベンチャー数は米国約1300社、欧州約1000社、日本約60社と、日本は欧米に大きく水をあけられている。
バイオべンチャーは大学等の先端技術を産業に橋渡しする重要な役割を担っており、この存在がその国の産業競争力の源泉となっている。わが国にベンチャー企業が少ない原因は、「起業家精神の欠如」、「税制支援の不足」、「ベンチャー資金源の少なさ」、「封建的大学制度」など、社会風土・社会システムの問題から、規制、制度の問題まで幅広く存在している。特に、バイオベンチャーは製品化までの研究開発期間が長く、その間の資金を継続的に供給することが重要である。
これらの障害を取り除きバイオベンチャーを増やすには、上記の諸問題に対し、政府の主導の下に国家的な運動として取り組んでいくことが必要である。

(3-2) バイオ研究基盤の整備

バイオテクノロジーは生命現象の理解・解明に基づく技術であり、生物そのものに対する広範なアプローチは全てのバイオ研究に共通する基本である。
遺伝子機能の解析を含めた、ヒト、動植物、微生物の各種ゲノム関連先端基盤研究と、それを支える生物資源・情報を確保・提供する機関の整備、遺伝子、タンパク質なとの解析情報のデータベース化の推進、研究者が検索しやすいデータ公開システムの構築、これらを支える人材(インフォマティクス人材、分類・同定専門家等)の育成・確保といったバイオ研究基盤の整備とそれを維持・発展させるための継続的な資金供給の仕組みの構築が急務である。

(3-3) バイオ新技術、新製品に対する国民の理解と受容性の確保

バイオ新技術、新製品・サービスは最新の先端科学・技術を基礎としているため、新市場の確立、社会への普及のためには、安全性、環境面、倫理面やプライバシー保護に関する、国民の信頼の確保、理解、受け入れが不可欠である。
特に、食品分野、先端医療分野、環境分野なといずれもパブリック・アクセプタンスが重要な鍵を握っている。
バイオテクノロジーに関する国民の理解を促進するためには、国民との接点における国のリーダーシップとこれと連携した産業界の努力が必要である。
国民が科学的根拠に基づく正しい知識、情報を持ち、正確な判断が出来るよう、安全に関する適切な情報開示、手続きの透明性の確保、中高校生教育・社会教育を推進することが重要である。

(3-4) 戦略的なバイオサイエンスの振興

バイオテクノロジーを支えるのは高度なバイオサイエンスであり、バイオ産業を支えるのは専門性に優れた人材である。従って、産業競争力を下支えするものは、究極的には、基礎研究と専門教育である。この意味から、「学」におけるバイオサイエンスの戦略的推進が重要である。重点的資源配分や基盤整備・構造改革により、わが国に世界的人材や情報を集積し、知識創造と人材輩出のサイクルを生み出す新たな仕組みを構築する必要がある。

(3-5) 知的財産権の適切な保護と特許化の推進

知的財産権は、技術を事業化する際の最も重要な考慮要因の一つであり、バイオ産業の国際競争力の大きな決定要因である。大競争時代が本格化する中、プロパテント政策により投資の迅速かつ十分な回収を可能とし、創造的技術開発に対するインセンティブを強化すべきである。
米国でカーター大統領の80年代以降展開されたプロパテント政策が、現在の米国バイオ産業等の競争力強化につながっている。わが国もこれに習い、産業技術政策とより密接した特許政策の推進が望まれる。
現在、バイオ関係では大きく2つの問題がある。1つは、EST(遺伝子断片)特許に代表される遺伝子特許に係る審査基準、権利範囲判断基準の明確化とこれを含む特許制度国際調和の推進である。もう1つは、大学・国研・国家プロジェクト研究成果の特許化推進である。後者は、特に、DNA技術・重要遺伝子等に関する基本特許の取得が極めて重要であり、基礎研究の推進とともに、外国特許取得のための予算確保、特許化支援体制整備、国立大学研究成果の個人帰属の見直しなどが重要課題である。

3.結語

バイオサイエンス、バイオテクノロジーの進展が、あらゆる産業分野の技術革新を呼び起こしている。こうした技術革新の波を受けて、バイオ産業は間近に迫った21世紀の経済成長のエンジンになると目されている・このような認識の下に、米諸国が国家戦略としてバイオ産業振興に取り組む中で、わが国の対応は出遅れている。日本経済全体が不況下にある今、早急にバイオ産業分野に重点的に資源を投入していくことが必須かつ効果的である。
産業界自身、今後とも鋭意努力していくが、この緊急提言の内容の早期実現につき、立法府、行政府の強いご支援を期待する。


以上


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