第7回バイオインダストリー大賞受賞者インタビュー | 一般財団法人バイオインダストリー協会[Japan Bioindustry Association]
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第7回バイオインダストリー大賞受賞者インタビュー

   

9256b650e1e1d6aefb55444c98263d96fc054738.jpg "最先端の研究が世界を創る─バイオテクノロジーの新時代─" をスローガンに創設されたバイオインダストリー大賞は今年で第7 回を迎えた。6 月に開催された大賞選考委員会にて、「遺伝子組換えウイルスを用いたがんのウイルス療法の開発と実用化」の業績に対して、藤堂具紀氏(東京大学医科学研究所 先端医療研究センター先端がん治療分野 教授、東京大学医科学研究所附属病院 病院長・脳腫瘍外科 教授)に第7 回「バイオインダストリー大賞」を授与することを決定した。7 月6 日に大賞受賞者に対するインタビューを実施し、研究開発のエピソードや創薬への熱い想いを語っていただいた。

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藤堂具紀 氏

「学生時代に描いていたアイデアを実現させる」

 医学の道を志し、大学に進学したのが1979 年です。当時、ウイルスとは何か、がんの原因は何かも大して知りませんでしたが、「がんの治療にウイルスを使えないだろうか」と漠然と思い描いていました。酒を友に勉学に励んだ古き良き学生時代を終え、1985 年に脳神経外科に入局しました。脳腫瘍か脳血管障害かのどちらかの専門を選択する必要があり、狭く・深く探ることが好きな私は脳腫瘍の研究を始めることにしました。
 1990 年にエアランゲン・ニュールンベルグ大学脳神経外科(ドイツ)に留学し、脳腫瘍の研究を続ける中で、外科手術の限界を知る立場から、脳腫瘍の薬物治療を追求しました。脳腫瘍は6 割が良性で、基本的には手術で腫瘍を切除して治癒できますが、脳機能を維持するために脳組織を温存しなければならず、良性腫瘍といえども簡単には全摘出できない場合があります。その代表が髄膜腫という良性腫瘍です。髄膜腫を薬で治す研究をドイツで進めた後、1992 年に帰国後は、国立病院医療センター(現 国立国際医療研究センター)に勤務し、悪性脳腫瘍の研究に切り替えました。
 脳神経外科の歴史が始まって以来、悪性脳腫瘍の治療が最もチャレンジングなテーマで、一番多いのが悪性神経膠腫、中でも悪性度が高いのが膠芽腫です。余命約1 年、100 %が腫瘍死する病気であるため、膠芽腫治療に、世界中の脳腫瘍研究者が今も挑戦し続けています。既存の方法で治癒させることは無理だと感じ始めていたところに、ウイルスで脳腫瘍を治すという画期的な論文を目にしました。学生時代に思い描いた「がんを治すのにウイルスを使う」という原点に立ち戻り、全く新しい治療法、"がんのウイルス療法"の研究に邁進することになりました。

米国の地で孤軍奮闘 未知の領域に挑戦し続ける

 画期的な論文1)の発表者は、脳外科医のRobert L. Martuza 先生で、単純ヘルペスウイルス1 型(HSV-1)の遺伝子を組換え、がん細胞だけで増えるウイルスを人工的に創る概念を初めて打ち出したものです。それを見た瞬間、「これだ!」と思いました。「ウイルス療法」という日本語は私が作った用語だと思いますが、当時はその言葉もなく、悪性脳腫瘍を治癒させる可能性があるとしたらこれだと思い、Martuza 先生に師事することを即決 しました。
 Martuza 先生がハーバード大学からジョージタウン大学の主任教授として移られたため、私はジョージタウン大学脳神経外科に留学しました。研究環境は充実しているものの、無給の研究員として、ウイルス療法の研究をスタートしました。大学を卒業して10 年目の1995 年のことです。
 しかしながら、論文1)で発表された初期のがん治療用ウイルスは、臨床で使えるようなものではありませんでした。脳腫瘍治療の現場で実際に使えるものにするため、Martuza 先生らのチームが第二世代のがん治療用ウイルスの研究に取り組んでいるところに、私も加わることになりました。私は、ウイルスに関する様々な基礎データを出し、FDA に提示して臨床に展開するという仕事を担いました。
   当時の知見は、免疫不全のヌードマウスの皮下にヒトの脳腫瘍を植え、そこにウイルスを接種すると腫瘍が小さくなるというもので、これだけでも画期的なのですが、FDA に相談に行くと、正常な免疫下ではウイルスが免疫に抑えられてしまい効かないのでは、と指摘されました。当然の指摘であるものの、その検証はそう簡単ではありませんでした。HSV-1 はヒトを唯一の自然宿主とするウイルスで、HSV-1 が感染できるマウスの種類が限られていたからです。
 免疫が正常なマウスでの抗がん作用を調べるため、1 年を費やし評価モデルを創りました。難航しましたが、日本の恩師から取り寄せた腫瘍細胞株の1 つが、HSV-1 に感染し、かつ腫瘍組織を皮下にも脳にも植えられる理想的なものであったことからモデルの構築が進展し、その評価モデルのおかげで研究が急展開しました。
 その評価モデルを通じて、どのようしてウイルスががんに効くのかということを解明しました2)。がん細胞にウイルスが感染すると、がん細胞内でウイルスが膨大な数に複製し、細胞外に散らばるときに物理的にがん細胞は破壊されます。さらに周りのがん細胞にまた感染、複製と破壊の繰り返しが抗がん作用の第1 段階です。フラスコ内では少量のウイルスであっという間に腫瘍細胞が全滅しますが、実際の生体内では免疫によってウイルス が抑え込まれるはずです。免疫がウイルスを抑え込むからこそ動物は生きていけるわけで、「ウイルス療法は効かないのでは」という話に当然なりますが、実際には免疫があってもよく効くことがわかったのです。免疫があっても効く上に、ウイルスの複製過程でがん細胞に対する特異的な免疫ができてさらに強力に効くことがわかりました。これが抗がん作用の第2 段階です。最初は腫瘍細胞に感染したウイルスが細胞を破壊しながら複製しがんを攻撃する、次にがんに対する免疫ができて、今度はその免疫ががんをたたくようになる。この2 つのメカニズムでウイルス療法が効果を発揮することを突き止めました。私が米国の地で最初に得た重大な発見です。

第一世代から第二世代のウイルス療法の開発へ

 ウイルスが複製してがん細胞を破壊するというウイルス療法の作用機序を説明します。  野生型のHSV-1 をがん細胞に接種するとウイルスが複製し、その過程でがん細胞を破壊します。フラスコ内の実験であればそれでいいのですが、体内の場合、ウイルスががんで増えるだけではなく、正常細胞でもウイルスが感染して増えてしまうことから、脳であれば脳炎を起こして死に至ります。第一世代のがん治療用ウイルスは、ウイルスの1つの遺伝子を改変したものであり、正常細胞では増えないというがん細胞に対する選択性が不十分でした。遺伝子を1つ改変すると、ウイルスは約千倍安全になります。「安全になる」というのは、例えばウイルスを正常脳に接種したとき、野生型ウイルスが脳に起こすのと同じ毒性を生じるのに、遺伝子改変ウイルスだと野生型ウイルスの千倍量が必要になるということです。ただ、1つだけの遺伝子改変だと、千倍量の遺伝子改変ウイルスを接種すると脳に毒性を起こしてしまう。つまり、がん細胞をすべて破壊したいと思って、ウイルスをたくさん(千倍量以上)入れると、正常組織にも病気を起こしてしまいます。
 もう1つ最初の論文に発表されたがん治療用ウイルスが使えない理由がありました。HSV-1 に対する抗ウイルス薬は、ヘルペスウイルスのチミジンキナーゼという酵素を利用しますが、最初のウイルスでは、改変した遺伝子がそのチミジンキナーゼでした。つまりそれを潰してしまうと、がん治療用ウイルスが万一暴走しだしたら、チミジンキナーゼをターゲットとする抗ウイルス薬を投与してウイルスの複製を停止させるという安全弁を失くしてしまうことになります。1つしか遺伝子を改変していないので弱毒化が不十分であることと、抗ウイルス薬が効かないということで最初のがん治療用ウイルスは臨床には向きませんでした。
 臨床に展開するためには毒性を減らすと共に、抗ウイルス薬が効くウイルスにして安全性を確保しなければならなかったこと、それが第二世代のがん治療用ウイルスの開発のキーポイントでした。そこで、第二世代では2つの遺伝子改変を加えて、千倍×千倍、つまり野生型に比べて約百万倍安全にしました。

実用型脳腫瘍治療用ウイルスを世界で初めて開発 ~第三世代のウイルス療法薬~

 脳炎を起こして人を殺すかもしれないHSV-1 をヒトの脳に入れるということなので、第二世代のがん治療用ウイルスはヒトの脳に打っても安全であることを最優先事項として創られました。臨床試験で極めて安全と証明されましたが、第二世代ウイルスは、ウイルス本来の感染力や複製能力が弱く抗腫瘍効果に改善の余地があったことから、もっと強力なウイルスを創らなければ実用性はないと考え、第三世代のがん治療用ウイルスを創ることを目指しました。
 第二世代と同等以上の安全性を保ったまま、抗腫瘍効果を上げるのは簡単ではありませんでした。安全性を上げるために遺伝子組換えを行うと、必ずウイルスは野生型に比べて感染力や複製能力が弱くなります。遺伝子組換えを行ったウイルスにさらに遺伝子組換えを加えることは、強いウイルスを創ることとは相反することです。この難題を解決するのに「Fields Virology」というウイルス学のバイブルともいわれる当時2 分冊の分厚い教科書が役に立ちました。Fields Virology には、HSV-1 の80 超の遺伝子の機能が1 つめから順番に出ていました。ウイルス療法において、抗がん免疫が作用機序の1つであることから、抗がん免疫を引き起こす力が強くなるようなウイルスを創る、という観点で改変するウイルス遺伝子を探索した結果、筆頭候補として見つけたのが「α47」という遺伝子です。
 そのα47 遺伝子に目を付けていた頃、この遺伝子内に改変を加えるとγ34.5 遺伝子欠失ヘルペスウイルスの減弱した複製能力ががん細胞に限って回復する現象がウイルス学者によって発表され、上手にウイルスゲノムを設計すれば、抗がん免疫を強く引き起こす、がん細胞に限ってウイルスがよく増える、という2つを同時に達成して、一石二鳥で目的とするウイルスが得られると考えました。その改変を加えることで、理想的なウイルスができると想定し、共同研究者と一緒に創ったそのウイルスこそ、より安全で、より強力で、かつ抗がん免疫をより賦活するものとなりました。実使用可能な世界初の「第三世代のがん治療用単純ヘルペスウイルス1 型」の誕生です3)。
 免疫を刺激する遺伝子治療とウイルス療法を合体させたプロジェクトに関する研究費申請が通ったことで、私はジョージタウン大学脳神経外科の助教授となり、1998 年に独立した自分の研究室を持って、研究員も徐々に増やしていきました。このG47Δという第三世代がん治療用ウイルスが世界に先駆けて日本で製品化されることになります。
 HSV-1 はヒトを自然宿主としたウイルスで、ヒト以外の動物には影響しません。ヒトだけに感染するウイルスでありながらヒトに安全であれば、自然環境に影響しない点でも実用性が高くなります。正常細胞で全く増えないようなウイルスを人工的に創るというところがカギです。
 一方、ウイルスも遺伝子で成り立っていますから、変異が起きることはあります。第三世代のがん治療用HSV-1 でも例外ではありません。自然に起きた変異であれば元に戻ってしまう確率もあるのですが、意図的に遺伝子を欠失させている上に、二本鎖DNA1 本から成る152 kb という大きなゲノム上の離れた部位に変異を創っているため、それが一気に元に戻ることはまずあり得ません。仮に3つのうち1 つが元に戻ったとしても、まだ2つの変異があるので十分に安全です。さらに、3つともが自然に元に戻る確率は限りなくゼロに近いです。元に戻るためには、野生型のヘルペスウイルスがたまたまいるところに感染する、という極めて稀な偶然も必要です。変異が元に戻る確率がゼロに等しいというのが人為的三重変異の大きな特徴です。
 「変異」というのは、コロナウイルスのように、抗原性を変えながら生き延びるというメカニズムとして起きる場合もあります。HSV-1 ではそういう変異は起きません。ウイルスのライフサイクルとして起きる変異と、突発的に起きる変異とを混同しないようにする必要があります。

次世代機能付加型ウイルス療法薬への挑戦

 今、ウイルス療法薬を創薬に発展させ、さらには産業化していくために、次世代機能付加型がん治療用ウイルスのシステマティックな作製を実践しています。G47Δは安全で効果的なウイルスであるという前提を保持し、そこにいろいろな機能を持たせたものができるようになれば、次から次へと新製品ができてきますし、創薬として産業につながります。
 がん治療用の遺伝子組換えヘルペスウイルスはそうそう新しいものが世の中に現れてきません。大きなゲノムを持つHSV-1 は、的確に遺伝子組換えを行い正しい目的ウイルスを選び出すことに非常な労力と時間がかかるためです。ゲノム編集技術でも現段階ではHSV-1 ゲノムに正確に遺伝子組換えを行うことはとても難しいです。G47Δができて20 年が経過しましたが、それを超えるものはいまだ1つも現れていません。
 抗体医薬は次々と新しい抗体を創り、また、化学療法の抗がん薬では、あるリード化合物があってそこから次々と改良型を創ることができて、それがそれほど難しくないからこそ産業として発展しています。意図的な遺伝子組換えが難しいというところを克服しなければウイルス療法は創薬産業として発展できないと思います。ここが課題です。
 遺伝子組換えヘルペスウイルスを創るのが難しいのは偶然に依存しているからです。そこで構築したのが、偶然に依存するということがないように工夫した機能付加型の第三世代ヘルペスウイルスを生み出す遺伝子組換えヘルペスウイルス作製システムです。G47Δが現存の一番良いウイルスですから、それを基本骨格にし、任意の遺伝子配列をG47Δのゲノムの特定の箇所に正確に組み込み、かつそれがうまくいった場合にしかウイルスが生じてこないようなシステムをつくりました。
 今では、この遺伝子組換えヘルペスウイルス作製システムを用いて、G47Δの基本骨格にどんな機能遺伝子でも入れることができます。光るウイルスや、既に医師主導治験に入っているインターロイキン-12 発現ウイルスなど、いろいろな機能を持ったものを創ることができる。複数の遺伝子を同時に発現するようなものも作製可能ですが、実際には、1つの遺伝子を発現するものを複数つくって、それを単純に混ぜるだけで、1つのウイルスが複数の遺伝子を発現するのと同じ機能を発揮させることができます。
 ウイルス療法というのは、遺伝子治療と違い、ウイルスが単なる運び屋ではなく、ウイルスが増えながら遺伝子も発現させていきますから、1つのウイルスが2つの遺伝子を同じ細胞で両方とも発現する必要は必ずしもなく、腫瘍の中に別々に発現された2つの目的タンパク質が同時に存在すれば良いわけで、2つの異なる機能付加型のウイルスを混ぜて腫瘍に感染させればいいということになります。
 いろいろな機能を持ったがん治療用ウイルスを複数つくっておいて、例えばがんによってこれとこれを混ぜる、あるいはあれとそれとこれの3つを混ぜる、しかもそれを1:1:1 で混ぜず、7:2:1 と量比を変えて混ぜるということもできます。将来的には、まさに抗がん薬と同じように、異なる機能を持ったウイルスをがんの種類や進展度合いに合わせて使い分けるという時代になるだろうと思います。これらは総じて機能付加型の第三世代がん治療用ウイルスと称しています。第四世代も同時進行で開発中で、G47Δにさらにもう1つ変異を加えたものを「第四世代」と呼ぼうと思っています。

革新的な医療技術はアカデミアから

 このウイルス療法を始めとして、革新的な医療技術というのはアカデミアから生まれてきています。最近は製薬企業からは生まれていません。抗生物質や化学物質による抗がん剤、抗体医薬までは良かったのですが、そういう時代ではなくなりました。製薬企業は自社の既存技術で対応可能な開発プロジェクトには参画しますが、扱ったことがない全く新規の創薬に関しては参画してきません。
 私たちの新しいウイルス療法薬は最初から最後までアカデミアで開発を進めました。G47Δは厚生労働省で先駆け審査指定制度ができたときの最初の再生医療等製品の指定品目の1 つです。当初私が申請した際、厚労省から製造販売企業が決まっていない場合は指定できないと言われました。新薬の承認申請には制度上製薬企業が必要なのです。2003 年に帰国してパートナーの製薬企業を探し始めて10 年以上、既存のモダリティと異なる新薬にはどの製薬企業にも横を向かれました。最初、非臨床データしかないときには「臨床にいけたら考えましょう」で、次に臨床にいくと「第Ⅰ相の結果が出たら考えましょう」と、ずっとその連続です。第Ⅰ相が終わったら「第Ⅱ相のデータがでたら考えましょう」なんです。結局日本では、アカデミアで実用化まで持っていかざるを得なくなります。ピボタルスタディ(医薬品の有効性および安全性の検証試験)の結果が出てようやく製薬企業は乗ってくるわけです。
 G47Δについてはアカデミア主導で基礎研究から製造販売承認申請まで一気通貫で実用化を成し遂げましたが、アカデミアから革新的医療が生まれるというのは今や世界趨勢で、むしろその傾向は加速していくと思います。日本でのウイルス療法開発は、私の前には道がなく、私が歩いたあとに道ができて、ジャングルを鉈でもって道を切り開くような感じでした。そこに道ができて、今は私の通った跡を人が歩いてくるような形になっています。アカデミア主導で、革新的治療薬の開発ルートを作ったという点で大きな意義があったと思っています。しかし、それを皆が実行していくのはやはり難しく、薬にするにはどうしてもマンパワーと資金が必要で、アカデミアには資金もマンパワーもない上に時間もありません。私も臨床で診療し手術をして、それから学生の教育もして研究を行っています。そこに加えて製品の製造工程開発や製品製造、規制対応のための書類作成や規制当局とのやりとり、GCP に則った臨床試験実施などを行うのは並大抵の労力ではありません。
 欧米ではアカデミアの研究開発者がそのまま自分でベンチャーを起業して、そこに投資家の資金を入れ、第Ⅰ相、第Ⅱ相くらいまでうまくいけば、それを製薬企業に売る。1つのアカデミア発の創薬ルートができており、実際、これがうまくいっています。だからこそ新型コロナウイルスワクチンのmRNA ワクチンなどがあっという間に薬になったわけです。アメリカであれば3 倍速いスピードで進んだはずのことを、日本では、例えば私のような人間が苦労して、労力と時間をかけてようやく成功させていますが、アカデミアで普通に誰しもが達成し得るような環境が必要です。それこそが日本が創薬の産業化を推進するため今解決しなければならない課題だと思っています。

これからの若手研究者

 私は若い頃留学をし、欧米を知った上で日本に戻ったことが良かった。若い研究者には、もっと外の世界を知って欲しいと思いますが、単に欧米崇拝者になってしまうのは良くない。先日、大谷翔平選手もWBC で言っていたとおり、憧れ(崇拝)ているだけではなく、憧れを乗り越えなければだめです。「知ったうえで何をするか」ということが大事です。
 私がやっている応用科学は基礎研究を主な対象とするノーベル賞とは縁がないかもしれませんが、バイオインダストリーには大きく貢献できると思います。ウイルス療法薬を日本の産業の柱の1つにしたいと思っており、若い研究者やJBA の会員企業の中で1 社でも多くに興味を持ってもらいたい。ウイルスがこれまでがん治療のモダリティになれなかったのは、ウイルスの作用を人がコントロールできなかったからですが、それが遺伝子工学で克服できた今となっても、日本の企業がなかなか乗ってこないのが残念でなりません。脳腫瘍のウイルス療法は日本が世界に先駆けて開発し、現時点では世界最先端の技術を持っていますから、日本の産業としてまだ挽回できるチャンスがあると思います。
 ウイルス療法薬は、ウイルスの遺伝子の機能を判った上で、正確にウイルスゲノムを組換えなければいけません。このあたりの技術が放射線や化学物質療法とは違って新しいですが、ようやく人為的にウイルスの作用を制御できる段階に入ったので、早くがんの新しい治療モダリティとして確立し、普及させたいと思っています。そのためにはG47Δだけではなく、それに続くものを出して発展性を示し、ウイルス療法を1つの治療ジャンルとして育てあげたいと思います。日本がリードし、世界に広げていく、日本のバイオインダストリー業界をあげて、世界に普及する日本の産業として発展させたい。そして、なんといっても日本の国民に最初に恩恵が届くようにしたいと思います。
 若い研究者は果敢にチャレンジして欲しいです。自分が好きなことに集中することが大事で、そうでなければ長く続きません。G47Δについて数多くのハードルを乗り越えてここまで来られたのは、やり続けたからこそ。根強い雑草のように粘り強く継続し、踏まれても踏まれても「また生えてきた」といったような、不断の挑戦と継続が若い人には必要だと思います。
 研究者の努力と献身のみでは不可能で、そこには国のサポートも必要です。オリンピックの強化選手を育てるように、科学の基盤技術と基礎研究、そして若い研究者へ投資をしなければ、その出口で金メダルを取ることはできません。その投資に応えるべく、欧米を知った上で日本の良さを知ると、日本は欧米に劣っている面ばかりではなく、日本だからこそできることが見つかりますから、それをうまく活用していくことが大切です。世界を積極的に知りにいくということと、チャレンジし継続することを心掛けてください。

-若い人たちへの素晴らしいメッセージだと思います。今日は、本当にありがとうございました。

参考文献 1) Martuza, R.L. et al.: Experimental therapy of human glioma by means of a genetically engineered virus mutant, Science,252(5007), 854~856(1991) 2) Todo, T. et al.: Systemic antitumor immunity in experimental brain tumor therapy using a multimutated, replicationcompetentherpes simplex virus, Hum. Gene Ther., 10(17), 2741~2755(1999) 3) Todo, T. et al.: Oncolytic herpes simplex virus vector with enhanced MHC class I presentation and tumor cell killing, Proc.Natl. Acad. Sci. USA, 98(11), 6396~6401(2001)

(聞き手=JBA広報部 大賞・奨励賞事務局/バイオサイエンスとインダストリー(B&I)誌 第81巻6号)

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