NEDOスマートセルプロジェクト技術セミナー 要旨集
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発現制御ネットワーク構築技術を活用した 紅麹色素生産性向上の取り組み 藤森 一浩 国立研究開発法人産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門 主任研究員 【連絡先】E-mail: k-fujimori@aist.go.jp 我々は、普段、多種多用な色素によって着色された食品を口にしている。かつて日本では天然系色素が、欧米では合成色素が好まれていたが、近年では、健康志向という社会的な流れもあり、全世界的に天然系色素へのニーズが高まってきている。これら天然系色素の多くは、植物などに由来するため生産量に限りがあり、天然系色素の原料調達は年々難しくなってきている。赤色食用天然色素の1つである「紅麹色素(ベニコウジ色素、モナスカス色素)」は、色素にしては珍しく糸状菌(カビ)の「紅麹菌」が生産する赤色色素で、様々な色の調合に必要な基本色であり、中性域で自然な赤色を呈することなどから、他の赤系色素に比べて恒常的な需要がある。また、紅麹色素はタンパク質への着色に優れており、非常に幅広い用途で用いられてきている素材である。 紅麹菌は、色素としての利用以前においては、「紅麹」として発酵食品に用いられており、直接我々が摂取している数少ない微生物の1つである。我が国における紅麹色素の代表例としては、沖縄の伝統食品「豆腐よう」が挙げられる。中国では400年以上前の文献に紅麹に関する記載が残っており、「紅豆腐(ホンフールー)」、「紅酒(アンチュ)」等の発酵食品・酒類の他、漢方薬の原料や紅麹を用いて調理した「紅槽肉」等、東アジア地域において広く利用されてきた。 本プロジェクトに参加している江崎グリコ株式会社及びグリコ栄養食品株式会社は、1955年より紅麹色素の研究開発に取り組み、自社で長年にわたり紅麹色素を製造・販売してきた実績を有する。国内では他に数社が自社生産をしているが、幸か不幸か、半世紀以上前の発酵生産技術レベルが高く、選抜された菌株も優れたものであったため、菌株・プロセスの大きな改良がないまま商業生産を継続することができた。半面、国内では技術のアップデートや適用がなく、近年、アジア各国の食品企業により製造された安価ながら品質に難のある色素が大量に日本に輸入されつつあるのが現状である。このような状況を鑑みて、演者らは、紅麹菌という微生物がつくる色素の生産性や品質向上するために、スマートセル技術という情報科学を活用した従来法とは異なる新しい育種法・改良法を提案する技術をどのように適用できるかを思案しながら研究開発を行ってきた。スマートセル技術は多岐に亘る基盤技術の集合体であり、自分たちの産業用微生物、目的生産物質に対しどの要素技術をどのように適用したら良いのか、わかりにくいこともあるかもしれない。実際、個々のケースによって、適用できる基盤技術もデータの取得量やデータの質、数理モデルも変わりうるが、演者らは、「ゲノムスケールモデル」「遺伝子発現制御ネットワーク構築技術」を活用することで、二次代謝産物である紅麹色素の生合成を制御する未知の遺伝子をつきとめ、最大で約3倍の色素生産性向上に成功している。本セミナーでは、スマートセル技術の有効性検証課題の中で行ってきた紅麹菌の生産する紅麹色素の生産性の向上への取り組みと成果の一部を事例としてご紹介したい。参考文献1)Kumagai, T.et al.,Microb. Resource Announcements,8(24), e00196-19(2019)5

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