人間が持つすべての遺伝子を解明するヒトゲノム計画。
その研究成果を生かすためには、わたしたち自身が遺伝子の大切さを理解しておかなければなりません。

人間の遺伝子はここまで解明された
 遺伝子の研究が飛躍的に進歩したのはこの10数年間のこと。進歩のきっかけとなったのは、1980年代末期からはじまった「ヒトゲノム計画」です。
 ヒトゲノム計画とは人間のすべての遺伝子情報を解読する試みのことです。全世界の研究機関が力を合わせて挑戦してきました。人間のDNAには30億もの暗号文字が含まれているため、解読にはかなりの時間がかかるとされていましたが、各国の協力で思いのほか計画はスムーズに進み、2000年にその配列の解読がほぼ終了しました。
 ヒトゲノム計画は基本的に公的機関によって進められていましたが、途中から民間企業も独自に参入しはじめています。たとえば、アメリカのセレーラ・ジェノミクス社は、自社で解読した遺伝子情報をもとにしたデータベースを、有料で公開しています。

さらに発展する遺伝子研究
 「遺伝子情報はほぼ解読された」と発表されましたが、これでヒトゲノム計画は終わりではありません。まだ人間の遺伝子情報の謎は、解けていないのです。
クローン羊「ドリー」
 2000年の発表の時点では、どこにどのような暗号があるのかが大まかにわかっただけで、暗号自体の解読はまだ不完全な状態でした。現在はすでに判明した暗号の配列をもとに、各遺伝子がどのような機能を持っているかを解読する段階に入っています。
 この作業が終了すれば、遺伝病はもちろん、ガンや生活習慣病などの病気の根本的な原因が明らかになるかもしれません。そしてより高度な遺伝子診断、遺伝子治療へ、医学が大きく進歩することになるでしょう。

求められるひとりひとりの倫理観
 遺伝子研究は、日進月歩で成果が上がっています。そして一方で、新たな問題が指摘され、議論されています。
 とりわけ、注意しなければならないのが新しい次元のプライバシー問題です。遺伝子情報自体はあくまでも個人のものであり、他人に知られたくないこともあります。しかし、遺伝子検査の情報が外部に漏れ、「病気になりやすい遺伝子を持っているから、結婚相手としてふさわしくない」などという差別的な問題が起こる可能性もあります。生命保険の加入についても遺伝子情報をどう取り扱うべきか慎重に検討されなければならないでしょう。
 また、1996年のクローン羊「ドリー」*の誕生以来、人間のクローンについての議論が盛んに行われるようになりました。倫理上の問題も大きいことから、多くの国々で厳しい規制が設けられています。

わたしとわたしたちの未来を守る
 遺伝子研究は、わたしたちの生活を便利にし、健康に安心して過ごせる環境をつくることに役立ちます。しかし、遺伝子を安易に操作してしまうと、自然や生物のシステムを激変させる事態を引き起こす可能性もあります。今後の遺伝子研究は、地球環境との共生という大きな課題をになうことになるでしょう。
 同時に遺伝の問題は、わたしとの共生、わたしたちとの共生という「人間の問題」でもあります。「わたしがわたしであること」、「わたしがわたしたちであること」の意義を、わたしたちは遺伝という視点からも考え直す必要があると思います。「難しそう」、「わかりにくそう」と避けてしまわずに、遺伝子には大切な個人情報や人間という種の情報が隠されていることを自覚し、人間がともに健康に、幸せに生きるために考えつづけたいものです。
 ひとりひとりが、多様な個性をともに生きあうこと。生命への畏敬を抱いて。
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