遺伝子研究の進歩によって人間の臓器をつくり出す再生医療が実現しつつあります。その鍵を握っているのが、どんな臓器や器官にも“変身”できるES細胞です。また、クローン技術は家畜の育種や動物から医薬品などをつくる「動物工場」*に役立てられます。

失われた器官を復元する
 トカゲの尻尾に代表されるように、一部の生物は失われた体の部位を自然に再生する機能を持っています。もちろん人間にはこうした機能は備わっていませんが、遺伝子研究の発展により医学の力で臓器をつくり出す技術――再生医療が生み出されました。
 医療では人間が本来もっている自己治癒力を最大限に活かしながら、患者に足りない部分を補ってきました。たとえば、輸血や人工骨はこうした実例であり、臓器移植もこの延長にあります。
 しかし、次項で紹介するES細胞の発見により、臓器そのものをつくり出す技術の実用化が可能になり、医療を取り巻く環境が激変しています。これが実用化されれば、ドナー(臓器提供者)不足で手術ができないまま臓器移植を待っている人たちの環境は、大きく改善されることになります。
ES細胞は病気や障害で苦しむ人たちの大きな希望となっています。

どんな臓器にも変身するES細胞
 未来の再生医療に欠かせないのがES細胞(胚性幹細胞とも呼ばれる)です。受精卵は、細胞分裂を続けて神経、血管、臓器などに分化していきますが、発生初期の受精卵からすべての細胞に分化する能力を持った細胞を取り出して培養可能にしたものがES細胞です。はじめはマウスで作られ、その後ヒトでも成功しました。
 ES細胞を使えば動物のクローンづくりなどが効率化されるほか、培養していけば腎臓や肝臓といった臓器細胞などへ成長させることもできると考えられています。そればかりか、筋肉や神経、皮膚など人体のさまざまな器官にも変化する可能性も秘めているとされています。ES細胞を使って特定の臓器を形成するのは非常に高い技術が必要になるため、実用化にはどれだけの時間がかかるかわかりません。仮に臓器などの再生技術が実現したとしても、人体への安全を確認したり、倫理的な問題をクリアしたりする数多くのハードルがあります。


クローン技術がめざすもの
 1997年に世界初のほ乳類のクローンとして、イギリスで羊のドリーが誕生しています。
 クローンといってもSF小説にあるように性格や記憶までがいっしょになるわけではありません。しかし遺伝子はまったく同じになっています。遺伝子は基本的に父と母の2人の特徴を受け継ぐため、親子では違いが出てくるものです。親子なのに遺伝子がまったく同じということは、通常の生殖ではありえません。
 そのため、「クローンは自然の摂理に反する」という声も強く、人間のクローンづくりを禁止する国も少なくありません。
 そんなに問題ならばクローン技術を全面的に禁止すればいいのではと考える人もいるでしょう。しかし、クローン動物をつくる技術は、家畜の育種や医薬品などの有用な物質を大量に生産することにもつながります。
 こうした有用なクローン技術を問題なく利用していくためには、責任ある研究と評価、そして多面的な議論が必要です。

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