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　遺伝子組換えバクテリアから生産されたL-トリプトファンの錠剤に少量の毒性物質が混入していた例1）、発酵を促進する遺伝子組換えイースト菌が毒性のメチルグリオキサル代謝物質と突然変異種を蓄積した例2）、γ－リノレイン酸を生産するための遺伝子組換えタバコが毒性物質であるoctodecatetraenic酸を生成した例3）などから、遺伝子産物による未知の影響に対する懸念がある4）。

昭和電工のトリプトファン事件について

　昭和電工のL-トリプトファンに不純物(エチリデン・ビス・トリプトファン、及び3-フェニルアミノ・アラニン）が混入していたことによると推定される事件については、1993年以降、アメリカのADM社が遺伝子組換え微生物によるL-トリプトファンを精製して販売しているが、これまでのところ問題は生じていない。したがって、昭和電工のL-トリプトファン事件は、製造工程における精製に問題があったのであって、遺伝子組換え技術自体の問題ではないことを間接的に証明していると考えられる。

突然変異の起こる可能性について

　遺伝子組換えに伴う未知の影響の一因として、導入遺伝子の突然変異が指摘されることがある。一般に突然変異は、１遺伝子当たり、配偶体10万ないし100万に１個程度起こっている。人為的突然変異の場合には、数十ないし数百倍にも達する。植物の組織培養では、再生個体において％オーダーの変異を生じることもある。変異の誘発が遺伝子操作によって増幅されるわけではないが、従来の技術そのものの中にある突然変異の可能性がなくなるわけでもない。したがって、突然変異が起こる可能性については、遺伝子組換え技術であっても、従来の技術であっても基本的に同等と考えられる。

遺伝子組換え体中の既存成分の変化等について

　一般的には性質のわかった単一の遺伝子の導入により、全く未知な毒性物質が生成することは予想しにくいが、もちろん代謝経路の変化など想定外の影響も否定できないことから、既知の毒性成分が遺伝子組換え体において変化していないかどうか等の点についても調べる必要がある。
　これまでに安全性審査が終了した遺伝子組換えトマトやジャガイモなどでは、遺伝子組換えにより有害物質の含量が増大したことは認められていないため、食品としての利用が認められた。
この問題については遺伝子組換え体の利用用途に応じて、適切な安全性評価を行い、ケース・バイ・ケースでチェックを行うことが適当と考えられる。

結論

　遺伝子組換え体の利用については、実験段階から実用化の各段階において各省庁のガイドラインにそって審査が行われており、どのようなDNAをどのような目的でどのような生物に導入するのかをチェックし、また、厳密な実験を重ねてもとの親株との比較試験を行なっている。今後も、この体制のもと、遺伝子組換え生物に関する経験と知識を積み重ね、遺伝子組換え技術の利用を図っていくことが重要ではないだろうか。
　確かに遺伝子組換え生物は、従来にない新しいタイプの生物であり、未知の影響があるかも知れないという不安感は理解できる。しかしながら、科学的にきちんとした評価を行なうことにより、これらの不安の大部分は払拭することは可能であると考えられる。このことを理解した上で遺伝子組換え技術を利用していく必要がある。

1) H. Sidranskyら、Toxicol. Appl. Pharacol., 126, 108-113, 1994
2) T. Inoseら、Int. J. Food Science Tech., 30, 141-146, 1995
3) A. S. Reddyら、Nature Biotechnology, Vol.14, 639-642, 1996
4) 安田節子、「遺伝子組換え食品Q&A」（岩波書店）
5) 大澤勝次、研究ジャーナル, 21, 3, 79-87, 1998
6) 山田康之ら、「遺伝子組換え植物の光と影」（学会出版センター）

更新日： 2006年10月25日